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MPLAB SNAPを買ってみた2019/01/14 01:20:41


MPLAB SNAP購入

去年の暮に発表されたMPLAB SNAPが秋月でも取り扱っていたので試しに購入してみた。
中身は基板の入った袋だけ。USB MicroBケーブルは付属していない。



PICKIT4と比較。基板むき出しで小さい。CPUに張り付けてあるQRコードを読み込むと、サイトに誘導される





マイクロチップのサイトで公開されている動画を見ると、このCPUコアはICD4と同じPIC32を使用していると解説していた。



そもそもPICkit4と何が違うのか。ドキュメント(PDF)によると、幾つかの違いがあり、大きな違いはVPP書き込みをしない事である。つまり、低電圧書き込みのみの対応。configではLVPをONにする必要がある。低電圧書き込みをする場合、デバイスによっては内部リセットが使えず強制的にMCLRピンを使ったり、LVPにするための専用ポートを操作したりする場合がある事に注意。
8ピンPICなどは、あまり恩恵を受けない感じだ。

こういった制約はあるが、PICkit4は秋月価格でも5400円に比べて、こちらは半分以下の1740円で買えるのが大きな魅力だろう。



USBの認識はPICKIT4と同じ。



実際に使用してみた。スクショではMPRABX5.05だが、MPLABX5.10でも動作を確認した。
どちらも書きこみができる。LVP(低電圧書き込み)をONにしないでビルドすると、無情にも、
Programming did not complete.
The low voltage programming feature requires the LVP configuration bit to be enabled on the target device. Please enable this configuration bit and try the operation again.
というエラーになるので、その時はLVPをONに書き直してもう一度ビルドを行う。
※なぜか5.05ではこのエラーは起きなかった。5.10を使用した方が無難だろう。

ついでに、MPLABXの問題なのだが、バージョンアップした後の起動初回はどうも不安定で、2台のパソコンでMPLABXでSNAPが使えないほか、ビルドもうまく動作しなかった。
この場合、一度Projectを全部閉じてMPLABXを再起動し、プロジェクトを開くと直るようである。
それでも直らないのであれば、別のプロジェクトで作り直した方が良いかもしれない。
これは、MPLABXのバージョンアップの時に、設定情報の引継ぎ(Windows位置も含む)を行うか聞いてくる場合、よく発生する様だ。新しいMPLABXをインストールする前に、前回のプロジェクトを完全のClose ALLで閉じてから行うとかしたほうが良いだろう。

あと、既にネットではSNAPの事について、動作を行ったサイトが役に立った。紹介しておこう。


Amazonを見ているとPICkit3ジェネリックとかあって、それが安い値段で売られているんだねw
実力はどうなんだろう。

クリップ付きLEDスタンドルーペがとても便利2019/01/13 01:04:52


クリップ付きLEDスタンドルーペ便利

以前に100均のルーペを改造してLEDを取り付けた物を作ったが、最近会社の方で活躍していて、手元に同じ事ができるルーペがない状態。たまにはんだ付けをしたり、部品の型番を確認するにも、本当に昔と違って裸眼では見えにくくなったw
歳は素直に受け入れようw

というわけで、Amazonでクリップ付きLEDスタンドルーペを購入。最初はZライトの様なものを検討していたが、部屋をいたずらに狭くするのはどうかと思い、ためしに購入してみる。



これが素晴らしく使いやすい。何が使いやすいかというと、スタンドを開いて置けるし、



クリップが付いていて、机の縁に固定できる。LEDは単四電池3本で、クリップの後ろにスイッチがついている。明るさはまぶしすぎず暗すぎず、レンズ部分を程よく照らしてくれる。
倍率の高い部分があるので、とても小さい字も問題無し。

特に気に入ったのは、レンズのふちがないので、見通しがとても良い事。材質はアクリルだが、それだからこそ軽い。これで2000円台で買えるのであれば安い。

これからも電子工作、手芸、読書をする方にはお勧めしたいルーペである。

ご注意
この商品は日の当たる窓際などでは決して放置しないでください。
太陽光による火災のおそれがあります。




Amazonで激安ロジックアナライザーを買ってみた2019/01/12 23:30:38



Amazonで激安のロジックアナライザーがあると聞いて、物は試しで購入してみた。
なんでもこれ、サエラのソフトが動くと噂。ちなみにサエラのLogic16は所有していて分解写真を公開している。今は廃版で、現在は秋月でプロトコル解析に特化したLogic4と全チャンネル0~5VのADコンバータ付きLogic8が購入できる。


Amazon激安ロジックアナライザー

さて、やってきました。価格の割にアクセサリーが意外とちゃんとしたのが付属。USBはMini Bタイプ。ロジアナプローブはメス-メスのヘッダーソケットが付属していた。私が買ったときは1150円。2週間かかっても良いのなら888円というのもある様だ。



分解。といっても手で簡単に開く。Cypress社の1チップマイコンEZ-USBとコンフィグ?ROMの構成。信号入力部は抵抗だけと割り切った設計になっている。これで3.3Vと5V系の信号が使える。
LEDは青色一つが実装されている。



裏側。



本家サエラと比べてみる。



サエラ Logig16なら入力保護が入っているし、ミアンダ配線(等長配線)されているから、高速信号の解析も耐えられる設計だ。



手っ取り早く波形を見るために、880Hzの信号を観測してみることに。
本当ならI2Cとか信号解析でもやる方が、レビューとしては親切だろうけど、今回はサクッと確認のためなのでw



デバイスマネージャーはサエラのドライバとして認識しているw 大丈夫か。いや大丈夫じゃないんだろうなw



サエラのソフトで動作させてみた。周波数パフォーマンスがLogic8より劣っているので、起動時にサンプリング周波数を落とすダイアログが出た以外は普通に観測完了。
しかし、サエラのソフトは使ったらだめだろうと思うよw



というわけで、Amazonのレビューにもあるように、Sigrokのソフトをダウンロードすることに。



インストールが終わったら、まずドライバーを入れる。上の赤い囲みをクリックすると、



ドライバーをインストール画面がでるので、そのまま赤枠をクリックしたらインストール完了。



なんだ、同じじゃん!インストールしてもサエラのドライバーになってるw ここら辺は本当にグレーだなw
※1/14追記 Zadidツールを使わないで、最初にサエラのアプリをDLしてからインストール、更に、激安ロジアナをUSB接続して、ドライバーとして
C:\Program Files\Saleae LLC\Drivers
を読み込むとドライバーが入る。ただし、これは非正規なやり方であり、現在色々調査中。
情報があればコメントください。

※1/15 ネットに有効な情報がありました。
24MHz 8チャンネル USBロジックアナライザ 調べました
ここによるとドライバーは2種類で、3つのケースが存在するようです。



Pulse Viewがインストールされているので、それを立ち上げる。あっけなく動作。サエラのUIほど優秀ではないが、一通りの機能は入っている。ちゃんと880Hzを表示。



あと、プロトコル解析がこんなにある。I2Cとかシリアル解析なんてよく使うから重宝すると思う。
入力部分が簡単にできているからどれだけの耐久性があるかは分からないが、個人的にちょこっと使用するのなら使えるツールと思う。それに多チャンネルの時代よりI2CやSPI、シリアルなどの精々3本位のプロトコルを見る方が最近のトレンドだろう。




豚バラの筑前煮2019/01/11 23:18:57



2017年10月より引っ越してきて1年以上が経った。台所の上にある棚の扉に頭を打つこともなくなり、色々と住み慣れた環境になった。今までの生活変化から大きかった一つは、ガスコンロ。私のブログをずっと見ている方は分かると思うが、ずっとカセットコンロを使用していた。
都市ガスの火力に圧倒されて、今までのペースで料理を作っていたら火力の勝手が分からず、結構最初は料理を失敗したりもしたw

今では弁当とか自炊を普通にやっている。2つのコンロがあると本当に便利だ。やっと使いこなせるようになった。

というわけで、しばらくぶりにブログで料理を出してみようw

今回は筑前煮。まあ難しいものでなくて、ダシの利いたつゆで煮込むだけの簡単メニュー。
落し蓋は一回り小さいふたを、クッキングペーパーを敷いて落とす。これで具材に味が染みわたる。待っている間、もう一つのコンロを持て余していたので餅とソーセージでも焼いてみた。
ソーセージは弁当用。



砂糖醤油につけて焼いた磯部揚げ。(゚д゚)ウマー



といううちに、筑前煮のできあがり。


豚バラの筑前煮に挑戦

作り置きしておくと、夕食の支度が楽になるので便利。まあ、同じおかずを数日食べることになるけど、あまり気にしない。




そうそう、余談だけど、スマホで何気にパンしながら部屋を3枚撮ってみたら、自動的にグーグルフォトでパノラマになる機能が実装されていた。これには驚き。既に2017年にこの機能があった様だ。



TA7368PGを使った1Wステレオオーディオアンプの製作2019/01/07 00:00:00


※製作は2018年9月30日

音関係のテストで、ちょっとしたアンプが欲しくなることが多々ある。いつもならイヤフォンとか差し込んでその場をしのいでいたが、時間ができたので実験用のアンプを作るとしよう。
手持ちの部品で何かないか探したら、以前いっぱい買ってあったTA7368PGがあった。
これは、安い(@60円)、動作電圧が広い(2~10V)、少ない部品で動作するのだ。これを2つ使ってステレオにしよう。



単三が4本入る電池ボックスを3本仕様し改造。穴をあけて可変抵抗器(100kΩ)を取り付け、端子を上下外側にそれぞれ曲げて、つまみ側はショートしない様にテープ処理。基板は0.3㎜厚のを使う。ハサミで簡単に切れるからおすすめだ。
配線は小型に作るため、手持ちのAWG28ラッピングワイヤーで行っている。この大きさになると、シールド線とか使えないし、そもそもそんなHi-Fiなど求めていないw




イヤホンジャックは樹脂の出っ張りを切って基板に押し込む。このICはデカップリングなどが必要ない様だが、音を追求するなら入力にもコンデンサを入れた方がボリュームの回転雑音がでなくなる。また、ICのコンデンサを省略できるが、余裕があるなら説明書通り取り付けた方が良い。

出力のコンデンサは理想を言えばアルミ電解の470uF以上欲しいところだが、今回は機動性重視なので、手持ちの100uFセラコンを使用。今だと秋月で220uFが手に入る



試行錯誤の末、何とか電池ケースに収めた。10年位前にタバコの景品で付いてきたスピーカーを接続してテスト。


1Wステレオオーディオアンプの製作

こんな感じで納めた。電源LEDもつけた。青LEDにしておけば、Vfが2V以上あるから、これが点灯しなくなれば電池切れ寸前と判断できるのでそうしている。
ICの最低動作が2Vから動作するので、中途半端に使い切った電池を再利用するにもうってつけ。



あとはテプラとか貼って完成。テストでスマホから音楽を流す。まあ、このスピーカーと回路だからAMラジオ並みだがwちょっと実験で使いたいときはすぐに引っ張り出せるのが便利だ。

これを作った後は、音のテストに結構使っている。一台あると本当に便利。





※回路図は、秋月で部品を買ったときについてくるデータシートを参考にしていますが、リクエストがあれば回路図を公開します。

余談だけど、前のスマホがやたらリセットを繰り返すようになったので5月ごろ買い換えた。
Arrows  F-01K、割れないスマホだ。手書きAtokが使いやすすぎて結局後継機にしたのだが、正解だった。
 

2019/1/6部分日食2019/01/06 12:46:34



今日は部分日食が見られるというので、観測してみた。2012年5月21日に金環日食を観測して以来、約6年半の天体ショーだ。写真はその時のもの。



撮影はデジカメ+溶接用のグラス。(前回の写真より)



引越前に色々捨ててしまったのだが、溶接用のグラスは捨てていなかった。今回も大活躍。

都市名 始まり 最大 終わり
時刻 高度 時刻 高度 食分 欠ける面積 時刻 高度
札幌 08:46.5 13 10:13.4 22 0.54 42% 11:47.3 24
仙台 08:44.7 16 10:09.7 26 0.47 35% 11:42.5 29
東京 08:43.8 18 10:06.0 27 0.42 30% 11:36.5 32
大阪 08:40.6 15 09:57.1 25 0.38 26% 11:22.5 32
福岡 08:38.6 13 09:47.4 23 0.32 20% 11:04.7 31
那覇 08:50.3 17 09:39.2 25 0.14 6% 10:33.0 33

8時43分ごろから欠け始めるらしい。



これは9時ごろ。欠けがはっきりしてきた。



ユニバーサル基板で前回と同じ様にピンホール効果の実験。



ちゃんと欠けている。


ピンホール文字もこの通り。



食の最大、10時6分頃。
全国では雲が多くて、横浜ですら雲で観測できなかったらしいが、こちら杉並区では観測中はずっと晴れてくれたおかげで食の最大まで観測をすることができた。
そのあと、曇ったが今回も観測できて良かった。部分日食でも十分楽しめた。

観測して気が付いた事と言えば、あれ?そういえば太陽の黒点がない!
ずーっと黒点が無いらしい。ネット上では氷河期や地震などの兆候などと言われている様だ。


ところで、日本で見られる今度の金環日食は2030年、皆既日食が2035年だ。という事は、60歳過ぎに見られるという事か。それまで長生きしていよう。

あと、溶接ガラスは捨てずに取っておこうと思うw



歯科へ行ってきた2019/01/05 17:53:59


抜歯

2011年の8月に完治した奥歯だったが、2015年の秋ぐらいに片方が外れてしまった。痛みはないけど、ぐらぐらするし、口臭大丈夫かとか気になる。実は、この時いつもお世話になっていた歯科の先生が引退して、更に土日診療をやめてしまった。さて、この部分を直したいと思って、荻窪界隈を4つくらい回ったが、どこも対応不可能。無理に外すとリスクがあるといった内容だった。

そんな中、見つけた歯科だけは、丁寧に対応して頂いた。かぶせ物を2つに割って、新たにかぶせ物を作ってくれた。

そして、去年の11月頃、奥歯に違和感が。この時右ひざを故障していたので、とりあえずは放置していたが、年末に動けるようになったので予約。CTの結果、とうとう支えている奥歯が壊れた様で、更に根本の周りが膿んでいるのが分かった。

まあ、左奥歯のこの治療、数年持てば良いという話だったので、よくここまで耐えたと思う。
というわけで、頑張ってもらった左下奥歯を抜歯することに。

今日は、まず局部麻酔を打ち、それから2つの歯に掛かっているブリッジを切断。抜歯したあと、膿んでいる部分を掻き出されていった。麻酔が効いているとはいうものの、骨の近くについている部分をカリカリと掻き出すので、なんともおぞましい気持ちになったが、ひたすら時間が過ぎるまで耐えた。

綿を噛んで止血後、口を軽くすすぎ、ヒアルロン酸を封止してから歯茎を2針縫って終了。
ここまで約30分位かかった。先生の集中力と精神力も凄いなと思う。ちなみに女医。
抗生物質のフロモックスと鎮痛剤のロキソニンを処方。麻酔が切れる前に鎮痛剤を飲んでいたせいか、特に痛みや腫れはなかった。お酒や入浴は2日ほどできないが、まあ大した問題ではない。

何度か歯科巡りしてしまったが、評判も技術力も高い歯科へ行った方がいいと思う。今ではネットで口コミをみられるから、半分は当たっていると思っていい。避けた方がいいと思うのは深夜診療や先生が一人の所。診察台や周りがあまり衛生的でなかったり、歯の清掃だけで稼ごうとしていたりと、あまりいい印象は無かった。駅前も一見便利そうだけど、詰め物が外れたとか虫歯治療ならいいかもしれない。

口コミ検索 (あくまでも参考までに利用ください)
デンターネット  全国の歯科の口コミをみられる。口コミ量多め。古くからある。
あなたの街の歯科医さん デンターネットやプロレコ歯医者のデータを一部使用
デンタリスト 歯科の情報を知ることができる。口コミ量は少なめ。


温存していた左下奥歯がとうとうなくなってしまったが、このまま放置してしまうと、せっかく生きている左上奥歯が抜けてしまう可能性がある。義歯(いわゆる部分入れ歯)でも対応はできるが、色々大変なので、インプラントにすることにした。抜歯後2ヶ月に頭部CTで5万円強、そしてインプラント手術で約60万円強かかる。高い理由は15分ほどの説明を受けたので納得した。
まあ、何はともあれ歯はいろいろ大事なので、メンテナンスは続けていこうと思う。


パソコンメンテナンス2019/01/04 22:32:44



正月も残すところあと3日。そういえば引っ越してからパソコンの掃除をしてなかったな。
というわけで、引っ越してから初の分解掃除。1年半ぶり位か。

パソコンメンテナンス

開けてみたら、思ったよりホコリが少ない。前の部屋だと半年くらいでこれくらいのホコリになっていたのだが、この部屋は脱衣所が別にあるからホコリがたたないのだろう。



フィルターはそこそこ汚れていたので交換。フィルターはこのマスク。



ホコリを取るには機能的で、しかも安い。ハサミで大きさを合わせて、



フィルターをセット。掃除機でほこりをとる。パソコンのメンテナンスは10分足らずで終了。



問題はこのあと。いやぁ、こんなに配線があると何が何だかw
一応外したコネクターすべてに番号シールを貼って、デジカメでコネクター状態を取っていたが、



この形になるまで4時間以上かかった。ついでに古いケーブルとかACコードも一新。



2019年明けましておめでとうございます-今までを振り返って2019/01/01 00:00:00

※1/4 一部加筆修正、写真を挿入しました。


井草八幡宮門

新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

最後にブログを書きこんでから5ヶ月弱も書きこんでいませんでした。
理由は幾つかあるのですが、一番大きな理由は、仕事量が増えたため、趣味のまとまった時間が取りにくく、電子工作ネタなどがとても少なくなってしまったというのがあります。
今年もそんな感じて不定期な書き込みとなりそうですが、どうか宜しくお願いします。

そういえばここに引っ越してきて、2年目になるんですね。去年のベストバイは洗浄機能付き便座でしたw 本当にこれは快適。早く買っておけばよかったと思っています。

平成31年も新元号は4/1に公表、5/1に改元ということで、貴重な年でもあります。



さて、今までを振り返ってみて自分の備忘録も兼ねて色々つらつらと書いてみようと思います。

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仕事面では、去年1月より測定装置の開発関係に携わっています。恐らく2006年から8年位のペースか、それ以上の仕事量ですが、やっていることは面白いのと、今までの私の知識と経験の蓄積が、手前みそながら役に立てていると思います。それなりに収入も増えました。

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過去の話をしましょう。

1985年寮でシャープX1 を囲みながら

高校卒業後、蒲田にある専門学校に入学しました。そこでは情報工学科を専攻し学びます。
寮は横浜線中山から約1時間かけて通学していました。2年目の夏ごろ、家庭の諸事情で寮をでて、同じクラスの友達に頼み込んで、大森にある木造アパートに転がり込みました。この頃、ゲームセンターのアルバイトを始めました。理由はどのアルバイトよりも時給が良かった事と、学校から近かったので決めました。あの時は4ヶ月ほどお世話になりましたが、お元気でしょうか。

この頃は仕送りが無くなり本当にお金の無かった頃で、学生時代は遊んだという記憶があまりありません。そのうち蒲田に月1万6千円の5畳半のアパートを借ります。当然風呂なし、共同トイレですが、台所だけはありました。ここは最終的に社会人時代を含めた5年間住む事になります。

1年休学届を出して、3年かけましたが無事殆どの単位を取得して卒業しました。こたつでレポートを書き、対数グラフを自在定規で書いていた頃を思い出します。専門学校生は卒業するのが大変だと思いました。


1988年か9年頃

アルバイト時代は、メダルゲームなどのトラブル等に対応していた時、ふと自分の考えた回路がコインつまりを予防できるのではと、今となっては勝手な改造を行ってましたが、これが本部会社の方で評価をもらい、更にメダルゲームの開発などの事があって、ここの技術部に就職しました。ゲームセンターのフロアーで半年の研修を行いながら、運転免許を取得します。
しかし、いざ開発部に入ると、開発とは程遠いメンテナンスの部署でした。営業の店舗は数十店舗あり、主にアーケードゲーム機の修理や台の入れ替えでした。

それでも、仕事の終わったわずかな時間を使用して、リレーやグルーロジックで動くマシンを、納屋に転がっていたCP/Mマシンを使って、アセンブラを駆使し、ラッピング基板を完成させてボーリング場に納めたのはいい思い出です。

アルバイト時代から2年、正社員で2年が経とうとしているとき、思い切って会社に心境を話しました。答えは将来自社開発を行いたいとの事。なら、なおさら私の技量が足りません。
結局、基礎的な開発ができないと思ったので、この会社の方に、丁寧に事情を説明し、次への転職となります。この頃は昭和から平成元年になった年の幕開けでした。


1992年頃のプロジェクト打ち上げ

最初に(開発会社として)就職したのは1989年、委託開発会社という大手中堅メーカーから開発案件をもらい開発していく姿をとっていました。たくさんの開発を行い、ファックス開発や評価、同時会議通訳システムなどの方式検討など、実に様々な事をさせていただきました。

ただ、メーカーではなかった事とバブル崩壊後だったこともあり、大手からの委託案件が激減します。私に何かできる事を考え、技術営業を行いました。いくつかの新規開発などが決まった時には嬉しかったです。余談ですが、この時知り合った方とは、今でもお付き合いがあり、去年忘年会でお会いしました。私の苦しい時に仕事を頂いた恩人でもあります。人のつながりは大事と何十年過ぎた今でも思います。
当時は平成5年(1993年)、委託でなくてメーカー先でじっくり開発をやって行きたいと思っていた私は、仕事の取引先だった所へアシスト自転車の開発の話で横浜の小さな会社へ転職しました。

一緒にここに来たもう一人の人と、某自動車会社2人との4名で数か月は試作や開発を行っていました。自動車関係の方からはひずみゲージの使い方を教えてもらい、これで車体剛性を測るんだとか、ひずみゲージの固定は瞬間接着剤でOKとか、これまた目からうろこが出るような情報交換をしながら開発をすすめていき、プロジェクトが一見軌道に乗るかに見えました。
しかし、経営者同士の対立で、開発物件はチームもろとも雲散霧消と消え、開発どころか工場の巻き線ロボットの教示や電子蛍光灯の調整など、開発とかけ離れた仕事となってしまいました。このままでは何もできないで終わってしまうと危惧し、仕事先を探していました。
アシスト自転車の開発の事は、本当にもったいない事ですが、経営の考え一つで方針が変わってしまうものなのかと悟った時期でもありました。


1996年頃

時代はwindows95になったばかり。求人広告を眺めていると、ノートパソコンの開発の募集がありました。メーカーではないのですが、どうせやるなら最先端をと、場所も新横浜と近い事もあって、面接して即決、1995年12月に転職しました。会社は10人もいない小さな会社。この会社ではノートパソコンのかなめであるパワーマネージメントLSIを売りにFAE( Field Application Engineer)を展開している強みで、国内大手パソコンメーカーの引き合いから、仕事が色々ありました。


ある開発の日

高密度な基板設計、常に最新のパソコンCPUを使用した設計や評価など、本当に普通では経験をし得ない貴重な事ができました。まだノートパソコン黎明期だからこそできる色々な土俵があったと思います。私の考案したオーディオ回路などは、某ノートパソコンに採用されたりしました。
そして、フロリダの工場やボストンの工場へ行く事ができ、これまた貴重な経験を積みました。windows98の時代です。日本との時差は13時間あり、日本での早朝電話会議時、渡米側10人余りはレジデンス(平屋のホテルみたいなもの)からバドワイザーを飲み会議を行っていた緩い時代でもありました。

そんなノートパソコンの開発が花形なのも1年で各社低価格競争となり、会社の一部はアルバイトなどを入れて大手ノートPCのサポート修理センターを行うなど、じり貧な状況となっていきます。気が付いてみると、開発と呼べる案件がほとんど無く、開発を行っていた人たちの新たな岐路に迫られる運命となります。


2004年頃の屋形船

とりあえず何かやろう。ここからは、アミューズ関係や、小さな開発会社へ行ったり、または商社で開発したり、数年単位で開発業界を渡り歩きました。開発という命題を崩さないで、私が生きるため、結果として短命な仕事のやり方になってしまったのかもしれません。この頃は、あの9.11事件もあった時代です。最終的には委託開発に戻り、秋葉原の小さな会社で細々と仕事をしていました。この頃は、過去の人脈伝手に仕事も色々頂きました。

2006年初春、そんな折、以前ノートPC開発で一緒の釜の飯を食べた仲間から、地上デジタル開発をやらないかと誘われました。当時はまだアナログテレビが主流で、デジタルテレビはこれからという事と、来る2008年北京オリンピック需要を見据えての話だという事を切り出してきました。今の会社でも、何とか細々やっていけるかなと思っていたのですが、やっぱり新しいことはやってみたいし、メーカーでありたいと思い、悩んだ挙句2006年4月に転職です。


2007年頃

ここでもまた未体験の技術と向き合う事になります。ARIB STD-B31、地上デジタル放送の国内向けISDB-T規格のチューナと周辺開発の主にハードウェア開発をやってきました。仲間はこの時ハードだけで10名、プラットフォームやミドルウェア、検証チームを含めれば、ざっと50人で数種類の地上デジタルモジュールを開発していました。ここでの最初のミッションはマレーシアでの工場立ち上げ。結果として一ヶ月滞在する事になりましたが、量産体制までもっていくことができました。初めてのマレーシアでの出張は大変でしたが、今となっては貴重でいい思い出です。
それから、地上デジタルテレビやワンセグにまつわる開発を行い、中国や韓国へも行きました。色々順調かと思っていたのですが、別の所で経営に不穏な話がでてきており、それを気にしていました。

リーマンショックと重なる2009年春に大規模な人員整理があり、社員の半分以上が解雇されました。私はその時は解雇されませんでしたが、その年の9月頃会社更生法となりました。引き続きテレビ関係の開発を行っておりましたが、12月にある小さな会社に技術者約30人を譲渡したものの、契機をすぎて成果が出ずに結局解体したのが2012年でした。



この後1年間はハローワークで給付をもらいながら次の仕事を探していましたが、ことごとく見つからず、次の2013年ではこれでは貯金が目減りするので、個人事業主として1年弱過ごしました。儲けが出るには程遠く、経費もかさんでいくので、毎月が赤字です。今だと青色申告とか、もっとやり方があったと思うのですが、まず個人事業主になるための知識が乏しかった、いやほとんど無いといっていいでしょう。平行して転職活動をしていましたが、最悪、生活を確保できるようにタクシーの面接などにも足を運びました。

再就職がこんなに難しいとは思いませんでした。派遣会社は賃金や待遇に、当時はいいイメージがなく避けていたのですが、いよいよ仕事をしないと生活ができないと、もう背に腹は代えられず派遣の道を進みました。今思うと、タクシーの面接に行ったのは、運転資金でも作って個人事業主でもやればよいなどと行き当たりばったりに思っていたのじゃないかと思います。



晴れて2014年1月に内定し2月より再就職を果たしました。ただ最初はアミューズメントでしたが、これも背に腹は代えられません。しかし、ふたを開けてみると、最新のCADシステム、一台1千万超の測定機器や設備などが全部購入品というのも驚きましたが、私が生涯経験できないような設備を使えたのが夢の様でした。ジブリの「風立ちぬ」でも戦争兵器を作っているが、我々は技術を追いかけているシーンがあり、まさにそんな境遇でした。

そして、なによりも今まで散々だった転職活動の負としていた職務経歴書が、すべて正の方向に動き、私の今までの経験がこんなにも役立ってくれる事を、とても嬉しく思ったのです。派遣は後ろめたいというイメージはこの頃、払拭しました。

アミューズメントは結局1年だけでした。諸事情により多くは語れませんが、最後まで現場の方などからは送別会などを行ってもらい、手厚い対応でした。経営的に派遣は清算しやすいのですが、現場ではこれから大変だとぼやいていたのがとても印象的でした。



2015年になると、通勤に自宅から1時間半くらいかかりますがX線の開発関係をやりました。まったく未知な分野で、扱う電圧は一気に10万ボルト1ミリアンペアです。扱いを誤るとあの世行です。
アミューズメント時代の華やかさは全くなく、随分と古い建物と設備で部屋が寒く、最初の1ヵ月目で1週間ほど風邪をこじらせてしまいましたが、会社は休めませんでしたので無理して通勤しました。

X線の動作を3ヵ月で覚え、次の半年で大手にプロトタイプを納めました。製品評価をおこなっていましたが、FPGAの中身とか組み立て設計書なども手掛けたので、仕事としてはかなり手ごたえがありました。途中で組織変更があり2017年には残業がほとんどなかった状態です。(この時にトランジスタ技術のPIC記事を執筆しました。)

ここを勤めようと思えば続けられたのですが、私が所属している派遣会社は更なるスキルを目指すための計画書や目標を作って日々のスキルアップを目指し、給料もそれを考慮して上がるようになっています。なので、色々な限界が見えてきていたので、秋ごろに次の仕事の紹介を派遣の営業に動いてもらっていました。数社のマッチングで決まったのが、現在勤めている光測定機器関係の会社です。
現在の職場の内容は、勤めている関係でここでは書きませんが、私の知らない事はいっぱいあると強く思いました。一つの会社に長く勤めていたら、こんな経験はおそらくそうそうできないでしょう。

昨年秋ごろには、どうしても切り抜けられないハードウェアの問題が2つ発生しました。それを私が方式の提案をしたところ、最初は受け入れてもらえませんでした。それもそうです。実績というのを重んじた設計は当然あるでしょう。しかし、私の経験でこの方法なら解決方法ができる事を、検証レポートと共に丁寧に説明して、最終的には1つは別の方法、そして1つは私の方法が採用されました。地味な回路ですが、その方法は画期的で、周りの方々の評価と信頼を頂きました。

ここで、私は学歴が専門学校卒(私は日本工学院専門学校卒)とか、「転職が多いですがじっくり腰をすえて仕事できないんですか」とか面接の担当者から言われた事がありました。そういう事もあったので、自分になにか自信がなく、後ろめたさがあったのかもしれません。しかし、学校を卒業したあと、転職が多いものの、やってきたのは開発一筋で行ってきましたし、絶えず勉強という事を忘れはしませんでした。これらが、自分の血肉となって今の私となっているんだと痛感しております。



今現在、派遣業をやっていますが、派遣は決して悪いものではありません。全て理想的にいかないかもしれませんが、少なくても何か問題があった時のリカバリは、個人で職探しするよりもはるかに良いです。何よりも、色々な技術職を経験できます。私の所は資格手当がチャージされ、前向きな人を評価するようにできています。

転職のとき、個人で履歴書や職務経歴書を企業に提出するとき、転職経験が多くなれば人事の採用がマイナス評価になります。「落ち着いて仕事していない」「飽きやすい」「会社をすぐ辞めるのでは」というのが根底にあると思います。日本の企業の年功序列が崩壊していても、それに順応できない人事はたくさんあるので、ある意味仕方のない事なのかもしれません。
それが、派遣会社に所属すれば一転して企業が欲しがる職務経験値として評価されプラスとなります。人材の需要の発端が、人事からなのか、それとも現場からなのかの違いが一番大きいと思います。派遣会社は、その部分をうまく捉えて営業しています。

給与はどうかと言えば、あなたがどれだけ欲しいか、もしくは必要かで一概に言えません。ですが、50歳を超えても技術者として勤めあげるという事はできると思います。派遣会社に勤めるという事は、マネージャーがいつもついている感じで、職務経歴書も全部管理してくれています。それに一番大きいことは、新しい技術をいつも取り入れられる事です。これも時と場合によるのですが、少なくてもそういうチャンスはあります。派遣で切られてしまっても、次の派遣先を工面するシステムになっています。ハローワークでとても不安な思いをしていた頃を考えれば、世界が全く違います。

テレビ時代の時に知り合った方は、リーマンショック以降は名の知れた経営者のいるソフトウェア会社に居たのですが、暫くぶりに会ったときに話を聞くと、どうもやりたい仕事を行っているわけでは無かったようでした。
経営陣を忖度するくらいなら、やりたい事をやりたいといっていたので、今の私の会社を紹介しました。あれから3年、今では落ち込んでいた彼も元気にコードを書いています。合計3人を、この4年の間に紹介しましたが、技術畑に根を下ろし、さらに成長しながら活躍しております。

派遣会社推しになってしまいましたが、私は特に派遣が好なわけでなく、私が足りない部分を補ってくれる機能があるという事です。
ずっと同じ所で勤められる事に越したことはありません。終身雇用がダメと言っているわけでもありません。それに、家庭を持っている方々にとっては、今ある環境を崩すという事は、とても悩ましいことです。ただ、人の活動ができる時間は限られています。ここでこれからどうしていくかは、様々な周りの環境を考えつつ、数日じっくり考えてみるのが良いかもしれません。


以上、私がここまで書いた理由は、何かの理由で失業状態となった方とか、今仕事でどうしたら良いか悩んでいる方々に、私はどういうあゆみで開発業に携わってきたのか、そしてどんな問題が私の中を通り過ぎていったのかを語ることで、少しでも読んでいる方のヒントになればと思いました。

文章で拙い部分があると思いますが、ご了承いただければと思います。


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健康面ですが、5月半ばから8月上旬の2ヶ月半、9月半ばから12月中旬の3ヵ月は、右ひざと右足首を故障していて、一時期松葉づえ生活と普通の杖で生活していました。レントゲンやMRIなど撮ったり、紹介状書いてもらって別の病院へ見てもらうなど、2週間に1度通院していました。
トラムセットとノイロトロピン、胃薬処方、それとモーラス湿布で合計4ヶ月過ごしていました。
このブログで度々出てくる足の故障によく似ている症状なのですが、一体これは何でしょうねという病気です。体脂肪計を1年モニターして食生活や生活リズムには気を付けていましたが、病名がよくわからないというのには困ったものでした。

こんな状態でしたが、去年1月から配属された会社は、幸いフレックスを使えて最大朝10時30分出社できる事と、場所がここから2駅なので、特に休む事なく会社を普通に務める事ができました。

今は薬をやめており、右足首が少し痛痒い位で、普通に階段の昇降ができる状態まで回復しています。

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2018年10月下旬

ほか、去年特別な事って何だろう。母親を札幌まで送るとき、札幌で一泊した時でしょうか。母親とホテルで泊まる事は初めてでした。

あ、それと去年私の家族が一人増えました。
私のじゃありませんw 妹のです。去年は、車いすで介護が必要な父を熱海まで家族そろって日帰り旅行に行きました。こういう事って嬉しいですね。



ICクリップの電線が切れなくなる方法2018/08/16 23:19:24



電子工作をしていて、ワニ口クリップやICクリップを使用する機会が多いと思う。ICクリップは実験用にちょっとつなげたいときにはんだ付けなしで使用できるのでよく使っている。
この手のICクリップは比較的安価に手に入る。
ただ、この欠点は電線がよく切れるのだ。測定中に切れたりするとモチベーションを阻害されたりする。そして、切れると案外このはんだ付けが面倒なのだ。

今回紹介するのは、たったあることをするだけで、電線がまず切れなくなる電子ハックをご紹介しよう。



道具は何もいらない。もしあれば、ラジオペンチやマイナスドライバーがあれば良いだろう。
ICクリップのカバーを引っ張ると簡単に抜けるので見えている電線を、リン青銅の板の溝に巻いてあげるだけである。これだけで良いのだ。



ICクリップの樹脂の小さい方向へ引き出して、あとはキャップを元に戻すだけ。


ICクリップの電線が切れなくなる方法

こんな感じで加工。くるっと巻けば強度が出るが、面倒ならば片方をリン青銅の溝にはめるだけでもOKだ。ICクリップセットは10本セットで売っていることが多く、一つ1分でも10分くらいで作業が終わる。これだけでデバッグ効率が飛躍的に上がるのであれば、実施しない手はないだろう。



余談ではあるが、以前に紹介した「ねりけしを部品たてとして使う」記事も併せて紹介しておこう。








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